書き手:舞 京花

『僕は、この公演が終わると東京へ帰ります。 この一ヶ月間、舞台の袖からずっとあなたを見続けていました。 そして、あなたは僕の中に棲みついてしまった。
僕の心はあなたの事で苦しいほど一杯です。
この手紙はホテルに戻って書いています。
さっき、大阪駅のプラットホームから、あなたの踊っている劇場の方を見ていました。もうじき、あなたに会えなくなるのかと思うと、突然涙が溢れ出て、大阪の街が僕の眼の中で歪みました。
あなたが好きです!』
その頃私は18才。大阪の劇場でショーダンサーをしていました。
手紙は、楽屋の郵便受けに入っており、この手紙をくれた彼は、公演のために東京から来ていた若い(二十、二十一才だったと思う)前座の歌手でした。長身で彫りの深い顔に切れ長の目が印象的でした。
それまで私は、彼に格別の関心を持っていなかったのですが、この手紙を受け取ってから、私も胸の高鳴りをどうすることも出来ませんでした。
それから、公演が終了する数日間というものは、私を見つめる彼の視線を意識して、ラインダンスを踊りながらも、体は宙を浮いているようで落ちつかず、カアッとなったまま、その日の舞台が終わるという、まるで熱に浮かされたような日々が続きました。
1ヶ月公演の楽日(最終日)の夜、汗だくで舞台を下りて、楽屋に向かう私に、彼が素早く紙片を渡しました。
それには、近くの喫茶店で待っているから、来て欲しいと書いてありました。
化粧落としも着替えも、無我夢中で済ませ、私は、素顔のままその喫茶店に駈けつけました。
「僕が有名になったら、必ず迎えに行くから、それまで待っていて欲しい。」
今から思うと、月並みでキザッぽいセリフですが、私は感激して、ものも言えない有様でした。実のところ、そのとき私が彼に、どのように応答したのか、まったく記憶がないのです。
とまどいと、恥ずかしさと、興奮が混じり合って、パニック状態でした。
その後彼からは何の連絡もなく、私も劇場を辞めました。朝九時半から、夜十一時頃まで続く厳しいレッスンは、遊びたい年頃には、過酷だったのです。私は、劇場近くの喫茶店のウエイトレスに転職しました。
それから三年の歳月が過ぎました。
いつしか彼の事も忘れかけた頃、偶然出会ったのです。
それも、私が友達と待ち合わせしていた劇場の前で!
彼は私の知っている女性と一緒でした。
その女性は、一期先輩の、やはり劇場のダンシングチームの一人でした。
「この人と結婚することになっているんだ。」
彼は、テレくさそうに、しかしそれ程悪びれた風もなく、そう言いました。
「お目出とう、お幸せにね。」
私達は、普段のような挨拶をして、右と左に別れました。
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