広場は、激しい雷鳴と、篠突く雨に包まれた。
私と彼は、団地の外階段の下に、はからずも雨宿りすることとなった。
二人が逃げこんだ空間は、コンクリートで固め られた三角形の小部屋のようになっており、二 人の息苦しい沈黙で、そこはたちまち秘密の部屋となった。
つい先程まで、私たちは、近所の同級生や子供たちと団地の広場でバドミントンに興じていたのであるが、突然のスコールで、皆んなは思い思いの方向に散り散りに去っていった。
私と彼だけが、偶然にも同じ場所にスコールを避けたのである。
彼も同じ中学二年生であったが、クラスが違ったので、ほとんど口も聞いたことがない。
真夏だというのに、陽にも灼けず色白の端正な顔を、開襟シャツの袖で滴り落ちる汗と雨をさ かんに拭っていた。
二人は、秘密の部屋で何も言葉を交わさず、しゃがみ込んで、ひたすら地面に吸い込まれて行 くスコールを見続けていた。
目の前の小さな花壇には、白粉花が咲き乱れ、滝のような雨に耐えていた。
二人の沈黙が続く。
それとともに、胸の動機が気になり始めた。
彼が手を握って来たらどうしよう、突然抱き付いて来たらどうしよう。
想像の世界で、彼の手が伸び、覆いかぶさり、唇が迫って来る。どうしよう、どうしよう、そんなことになったら。
そっと彼の顔を盗み見る。
彼は依然として前方を見たまま、相変わらず汗をせわしげに拭くばかり。
私は、再び白粉花に目を落とすが、それは、たちまちのうちに輪郭がぼやけ、私をまた空想に誘い込む。
緊張と惑乱の奇妙な陶酔。
雨はまだ降りつづく。
イメージの次元では、あらゆることが起こりながら、現実には、二人の距離は一センチも縮まらない時が過ぎて行く。
雨が急に止んだ。
大雨のスクリーンが消え失せ、雨に洗われた見慣れた団地の風景が、新鮮な色どりを持って視界に広がる。
油蝉が、夢から醒めたようにかしましく泣き始 めた。
青空が雲間から姿を現わす。
私は立ち上がり勢いよく「秘密の部屋」を出た。
同時に、私の妄想も、心の中から瞬時に飛び去った。
私はもう彼のことを気に掛けることもなく、広場を駆けた。
それにしても、その時彼は何も考えなかった のかしら?