聖 夜
陰玉仙人

隣りに若い女が寝ておるほど落ち着かんものはないて。
今日は「聖夜」について語ろうかい。
何、「性夜」の間違いじゃなかろうかじゃて。
まあ聞けや。
陰玉仙人14.15才頃の話じゃ。
わしの叔母が、電車の駅で5つ位離れた所におって、米屋をやっていたんじゃ。
わしは、毎年夏休みになると、2週間ほど泊り込みで叔母の米屋へ配達のアルバイトに行っておったんじゃ。
今は、体力が無いがその頃はのう、米の一表(約60s)位は、ひょいとかついだもんじゃ。
配達先に、きれいな若奥さんがおっての、そこへ、米を届けに行くのが一つの楽しみじゃった。
まあ、それは、この話の本筋ではないけん、どうでもいいんじゃが、それはそれは、色っぽく、それでいて清楚な感じの奥さんじゃったぞ。
その奥さんは可哀相な運命をたどるんじゃ。
その話は、また機会があれば話しすることにしよう。
配達を終えて、帰ってくると、見知らぬ若い女がいる。17.18才位じゃろうか。
浅黒い顔をしておったが、スラリとした美人じゃった。
叔母は、
「今度きてもらった女中さんじゃ、仲良うしいや」と彼女を紹介したんじゃ。
叔母の家は、わしの記憶によれば、何故かこの家は、スキヤキばかり食っておって、皆ヌメヌメした脂切った顔をしとったな。
わしも、その若い女中さん(現在ではお手伝いさんという)とスキヤキ食って、離れに寝に行った。
離れは、土間が米の倉庫代わりになっていて、奥に4帖半と6帖の和室がある。
わしは、いつも奥の部屋で寝ることにしておる。

夜の10時頃だったじゃろうか、表の引き戸がガラガラと開けられて、誰かが入って来た。
「誰じゃ」と飛び起きてみると、女中さんが土間に立っておったんじゃ。
「どないしたんじゃ」
「わたし住込みで、この離れで寝ているのですけど」
「ウーン、そんなこと、叔母はんから聞いとらんで」
「わたしも、あなたがここに泊まられるということを聞いておりませんでした」
「いいかげんな奴やな、叔母はんは、銭勘定ばっかり、達者やけど、わしらのことをどない思うとるんやろ」
「わたしは、手前の4畳半で寝ますので、お兄さんは奥の方でどうぞ」
「わしお兄さんと違うぜ、まだ15や、あんた何処から来たんや」
「沖縄です。お隣りの乾物屋さんの奥さんが同じ出身地なもんですから、その紹介で、こちらに住込みで働きに来たのです」
「叔母はん、ケチやから、気い付けや。ここのええところは、スキヤキが腹いっぱい食えることぐらいやで」
「ほな、わしもう寝るわ」
「はい、おやすみなさい」
わしは奥の部屋へ。若い女中さんは、隣りの部屋で寝る。
二人の間をさえぎるのは、1枚の襖だけ。


夜が更けて行く。犬が遠吠えしておる。
屋台ラーメンのチャルメラの音も聞こえとる。
眠れん! 隣りが気になって眠れん!
どんな格好をして寝ておるんじゃろうか?
寝巻きからパンツ出しとるんと違うやろか?
妄想は果てしなく広がって行く。
襖一つじゃ。 ガバッと行ったろか。
向こうも待っとるかも知れんが、
と虫のいい解釈をして、しかし、実行する勇気はない。(後年のわしからは信じられん)
あかん、あかん、今日始めて会うたばかりじゃ、無理せんとこ。
と、うつらうつらしている間にその夜は明ける。

二日目。ギラギラ照りつける夏の太陽。
寝不足でフラフラになって、米を配達するわし。

二日目の夜が来る。
離れで襖を境にして二人眠る。
今日は二人とも口数が少なくなっている。
「お休みなさい」
「お休み」
また、今日も眠れない。
眠れんもんで、買い込んで来たアンパンをヤケクソで食う。
アンパン10個食う。
屁が出そうになるのを必死でこらえる。
彼女を今夜こそ襲うぞ!
今夜こそ夜這い決行じゃ。
必死の決心で顔が青ざめている感じじゃ。
しかし、心と行動のタイミングが合わない。
今日でのうても明日があるか。
あきらめて寝ることにする。
アンパンが胃の中で膨張して苦しい。(色気と食い気は両立しにくいのう)
また、何事も起らず朝が来る。

三日目、昼省略、出来事省略。
情景描写省略。
いきなり夜となる。

隣りで、彼女が寝ている。
風呂も入った。 パンツも替えた。
「今日が決行日じゃ」
討入りのようで悲壮感ただよう。
隣りの彼女もなかなか、寝付けないようだ。
今日の二人は、全く口を聞いていない。
二人の間には重苦しい沈黙があるだけ。
「あの子もわしの来るのを待っておるんじゃ。ここで行かねば男がすたる」
もはや、何の迷いもない。
ガバッと飛び起きて、境の襖をガシャンと開ける。
彼女は驚いて半身を起こす。
乱れた寝巻の裾を合わせる。
わしは、彼女の肩に手をかける。
そのまま押し倒してしまえばええんじゃ。
ところが、ああ、わしのとった行動は、わしの本心と逆の言葉を発っしておった。
「あんた、わしとあんたは若い、隣りに寝ておったら、わしはあんたを犯してしまう。 そんなことしてしもうたら、お前はんを傷付けることになる」
彼女は、わしに肩をつかまれたまま、うなだれて聞いている。
「それに、これは叔母はんの陰謀やと思う。
こんなとこで二人寝ておったら、絶対間違いを起こしてしまう。
叔母はんは、それを承知で、二人を離れに寝かしておるかも知れん。
ひょっとしたら、わしらを結婚させようと思うとるかも知れん。
しかし、わしもまだ15才じゃ、そんな甲斐性もあらへん」
彼女はじっと聞いている。
「せやから、もうここえ来んといてくれや。叔母はんにいうて、母屋で寝かしてもらい」

肝心なところで、またわしの悪い説教癖が出てしもうた。
これがわしの一大欠点なんじゃ。
浅間温泉に行った時も、18の芸者に「こんなことしとったら、堕落するから、早よう芸者やめなさい」と説教垂れて帰してしもうた。
今夜も、本懐を遂げんとして、また、腹にもない説教をしてしもうた。
彼女は
「はい、わかりました」
といって寝巻のまま、小走りで母屋へ行ってしまった。
それきり、彼女は、戻ってこなかった。
この夜を「性夜」にするつもりが、「聖夜」になってしもうた理由が、これでわかったじゃろう。
後年、わしは、何人かの女性と親しい関係になったが、どの女性もこう言いおったのう、 「あんたに説教癖がなかったら、もっとモテル男なのにね」じゃと。
 

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