処女懐胎
陰玉仙人

4,5才の頃、こういう話を大人の本で読んだんじゃ。
作者名までは覚えとらんが、大筋はこうじゃ。


戦国時代。
戦に破れた武士が、夜間、山中をさまよい里に下りて来た。

武士は、追手や落武者狩りの野盗の恐怖におびえながら、傷ついた山犬のように身も心もボロボロになっておった。
春先の山里はのどかで、戦に荒らされてはおらぬ。
残雪は朝日を浴びて輝き、鶯も鳴いておる。
「助かったらしいな」
武士はキョロキョロ、あたりを見廻す。
人家は、はるか先である。
鎧、兜は、とっくに山中に捨てて来た。
太刀も里を抜けるには、目立ちすぎるから土中に埋める。
ソロリソロリ、畑まで来る。
恐怖感が薄れるとともに、猛烈な空腹感が襲って来る。
畑は大根畑であった。
武士は、大根を引き抜き、泥を大急ぎで払って喰らいつく。
「うまい! 大根がこんなに美味なるものであったか」
夢中でかぶりつき、たちまち一本食い尽す。



さて、ここからじゃ。
大根をたらふく食った武士は、しばし、休息とる、安全な場所を探し、笹薮の生い茂る中に身を横たえる。
昨日の合戦が地獄絵図のように、よみがえってくる。
追いすがる雑兵を何人か斬り殺し、獣のようにひたすら逃 げる。
「よう、斬り抜けられたもんじゃて。里から間道を大廻りに行けば、2.3日で帰れるか」
満腹と安心感の後には、睡魔が来る。
いつしか熟睡する。
山里は、どこまでも平和である。梅の花も咲きはじめている。

半刻ばかり、眠ったろうか。
「や、や、や、や、これはどうしたことじゃ!」
どうしたもこうしたも、大根を食って陽根が元気になったんじゃ。
「どう始末をつけるか」
武士の脳裏に、大根がよみがえる。食い物としてでなく、女の白い股としてじゃ。
武士は、あたりの様子をうかがって、さっきの大根畑に戻る。
大根を途中まで引き抜き、短刀で穴をあける。
大根と陽根が合体し、武士は声を押し殺して果てる。
抜けるような青空と冷気の中に放出される男の欲情。
下の方から人の気配。
武士は慌てて、大根を地中に戻し、藪の中に駆け込む。
村娘が、山の農道を登って畑に来る。
武士は、娘の動きを追う。
娘は、畑の大根を引き抜きはじめる。武士が埋め戻した大根も、いっしょにして、背負い籠に入れ、畑を立ち去る。

武士が目撃したのはそこまでじゃ。
ここから先は、原作者の語るところによると、一挙に話が進み、その大根を食った娘が妊娠し、月満ちて、父親のいない男の子を生んだということじゃ。
もちろん、現代の読者は、そんなことが有り得ない、非科学的な話というじゃろう。
しかしじゃ、"処女懐胎"というのは、元来そういうものじゃて。
その娘と子供がその後、どうなったか、その話はそこまでしか書いていない。
因縁話で作って行けば、後年、その男の子と、武士が不思議な縁で出会い、その子が天下人になって行くというストーリー にも、発展させることが出来るというもんじゃ。

それにしても、こまい頃読んだ、このような"くだらない"話をいつまでも憶えているということはどういうことじゃろう。
"三つ子の魂、百まで"というように、この辺が助平仙人の原風景かもしれん。
 

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