非処女懐胎
陰玉仙人

じっくりタイトルを見てくんろ、前回は戦国時代を舞台に「処女懐胎」を書いたが、今回は「非処女懐胎」じゃ。
どうじゃ驚いたろうて。
何、非処女が妊娠するのは当り前じゃないかって?
ところが、この世の中は複雑じゃて。
当り前じゃない「非処女懐胎」もあるんじゃ。

「妊娠したんよ。あんたの子よ。どうしてくれるの」
ここは、村はずれの県営住宅の一室じゃ。
彼女は、18才。兄とともに何処からか流れて来てここに住み着いたんじゃ。
本当は、どこの出身かはわかっておるが、本人は現在もまだ周辺の町におるもんじゃから、この辺はボカすことにする。
兄妹の二人暮しじゃが、兄は、住み込みで働きに出ており、彼女は一人で住んでおったんじゃ。
背の低い女の子(150cm位)で、黒ブチのメガネをかけており、外見上は冴えない子じゃったが、不思議にもてた。
女子たちよ、よく聞けよ。スタイルがいいとか、美人とかが必ずしももてるとは限らんのじゃぞ。
むしろ、背が低くて、温和そうで、何の変哲もない女の子の方がもてたりするんじゃ。
何んでもてるのかって? わしゃ知らん。
強いて言えばフェロモンというやつじゃろうなあ。

わしゃ20才。女の子が家に泊めてくれるなど、その頃は夢のような出来事じゃぞ。
まして古くさい田舎のことじゃ、女子が泊めてくれるちゅことは、もちろんOKということじゃ。
現在では、そんなこと珍しくも何ともないが、昔は、そんなことあり得ない、貴重も貴重、100万円出してもそんなことはあり得ないほど珍しかったんじゃ。

彼女はパン屋さんの店員をしていた。
彼女はいい匂いがした。
枯草のようなというか、青い草の匂いというか、(枯草と青草では全然違うがの)その肌の匂いは、何十年経っても忘れられないいい匂いがしとった。
わしが、童貞を失ったのも彼女の部屋でじゃった。

「もう3ヶ月も月のものが無いのよ。あんたの子よ」
わしは困り果てて、何と言ってよいのかわからんで、ただ黙っておった。
今日までは、天にも昇るほど嬉しかった。
彼女に会えるのが、楽しくて楽しくて肌を合わせる歓喜にふるえておった。
それがじゃ。一転、暗転。
暗い穴に突き落とされた感じじゃ。
(これがいいことをした後の罰じゃろうか)
わしは心底これほど困った問題に直面したことがない。
彼女は、わしの子だと言いよった。
じゃが生むとか生まないとかは何も言っとらんかった。
どうなるんじゃ、わしゃ20才で父親になるんかの。

わしゃ昔から、困ったときは易者に見てもらうことにしておる。
別に高名な先生ではない。
大道易者というやつじゃ。

電車道の路傍の易者のところに行く。
易者は、しばらく筮竹を鳴らして、やおらこう言いよった。
「その子は生れんよ」
「先生、生れんて、どういうことかの、流産でもするということかの」
「そこまではわからん。とにかく、その子は、地上に存在して来ん子じゃということじゃ」
可愛そうに、わしの子じゃと言うのに生れてこんのか 悪いことしてしもうたな。
わしは、ホッとしたような、ガックリしたような、喜んでいいのか、悲しんでいいのか、ないまぜになった気持ちで家に帰る。

しばらく後に、この易者がいかにすぐれた易者であったか証明されることになる。

わしは村へ戻り、村はずれの県営住宅に向かう。
今日は、彼女と約束した日ではないが、あの日以来、彼女はツンツンして口も聞いてくれない。
彼女の家は、玄関灯はついているが、部屋の明りは消えている。
ドアには鍵がかかっていて開かない。
「夜の10時を過ぎたというのに、まだ帰ってないのかな」
裏手に回って見る。中に人の気配がする。
ベランダのサッシには、厚いカーテンが引かれていたが、鍵がかかっていない。
思い切って一気に開ける。
男と女があわてて起きる。男はスッポンポン、彼女は、下着だけ。
「誰じゃ! どこのどいつじゃ」
わし、「お前こそ誰じゃ」
そして二人ともあっと声を上げる。
何と、その男は、同じ村の小学校以来の同級生じゃった。
「お前ら、いつからこんな関係になっておったんじゃ」
「お前こそ、どうして、ここに来たんじゃ」
その時、彼女がどうしておったのか、わしの記憶にはない。頭に血が上って冷静に事態を考える余裕もない。
「わしの彼女にお前、手出したな」
「お前こそ、わしの女にちょっかい出したな」
わしらはお互いののしり合って、一触即発の状態となる。
「表へ出ろ!」
といったて、相手はスッポンポンのままだから、表に出るわけには行かないて。
わしは、怒鳴りながらも、急速に虚しくなる。
そういう女だったんか。わし以外にも男を引っ張り込んでおったんじゃ。
この調子では、他にも男がいるかも知れん。
処女やと思うてたけど、とんでもない女じゃ。(後でわかったことだが、彼女は4人の男を部屋に引き入れていた。後の3人も皆、わしの知り合いじゃた。おとなしそうに見える女ほど、曲者じゃということが、これでわかったろうが)
わし、彼女に言う。
「お前、わしの子を妊娠したというたやないか。ほかにも男がいるのに何でそんなこというたんじゃ」
彼女「ごめん。ほんまにあんたの子やと思うたけど、あんたに妊娠したというてから、3日後にメンスあったの」
つまり、妊娠したというのは、彼女の早とちりで、月のものが3ヶ月以上も遅れとったというわけじゃ。
何と言う名易者か。
易者は、「その子は地上にうまれて来ん」と言った。 その通りじゃ!
もともと妊娠しとらんのじゃから、生れるはずもないわ!

修羅場に戻る。
わしはもう、気持ちがさっぱり冷めておった。
(昔から割りとあきらめが早い)
そして、わしは、その男に言った。
「わし、もう降りるよ。二人で好きにしたらええわ。わし旅に出るけん」
この後、わしは彼女の家を出て、柴又の寅さんよろしく深夜の山道を何時間も歩いて旅に出るのである。
その話をし出すと長くなるので、ここでは割愛。

それきり、これきり、彼女とは、二度と会うことはなかった。
後年、風の噂で、彼女は、勤めていたパン屋の二代目と結婚したそうじゃ。

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