不思議な「寮」
陰玉仙人

関東のある大温泉地に、その「寮」はあったんじゃ。
その寮は、周辺の大ホテルに土産物を出店する従業員が住みこんでおっての、男も女も雑魚寝じゃ。
陰気臭い、谷間の古い旅館の離れを「寮」にしておるもんじゃから、一つ一つ部屋が独立しておるわけじゃないんじゃ。
つまり、二間ほどのところに皆がゴチャゴチャで寝ておるような寮で、掃除もロクにしておらん、汚い寮じゃった。
それに寮の管理人もおらんらしい。

大ホテルに出店する何十店もの土産物屋とは大変での。
何んせ、1年365日、1日の休みもないんじゃ。
朝8時から夜10時までが営業時間じゃ。

わしはその中の一人の土産物屋の店主と知り合いでの、一度、来てくれというて、その谷間の樹木が鬱蒼と茂った「寮」に来たんじゃ。
何を売ったらええんか、わしに相談したいということじゃ。
(何んせわしは、何んでもコンサルじゃからの)
わしは、バシッとスーツをきめて、ホテル内を視察したんじゃが、ホテルマンや、仲居さん、掃除のおばさん、土産物屋の店員などが、わしの姿を見て最敬礼するんじゃ。
どうやら、わしを、本社のエライさんと勘違いしたらしい。
わしもいい気分なもんで、「ご苦労さん」と言いながら、殿様にでもなったような気分じゃったぞ。エヘン!
店主が「今夜は泊って行って下さい」というもんだから、スイートルームとまでは言わんでも、ホテルで泊れると思っとったんじゃ。
ところがじゃ、店主が言うには、ここから、5分ほどのところに、「寮」があるもんで、そこへ案内するということになったんじゃ。
寮に来て見て驚いた。何んせ、汚くてカビ臭くて、こんな所に泊るなら帰ろうかと思ったが、店主が、30店ばかりの土産物屋の店員が、夜の10時過ぎには帰って来ますから、男も女も雑魚寝で寝るんですいうから、俄然興味が湧いて来て、泊ることになったんじゃ。(すぐに助平なことを想像するわし)
 

















10時過ぎ、土産物屋の従業員が、バラバラと帰って来よった。
男もいるが、若いべっぴんの女の子もおる。
その日は、20人ぐらいが寮に帰って来た。
皆、疲れ切って、だらしない感じじゃ。
二交代制にしておるそうじゃが、人の手当てがつかない場合は、8時から10時までぶっとうしで働いておるそうじゃ。そりゃ疲れもするわな。
わしは、皆に、今晩、ここに泊めてもらうことになったからよろしくと如才なく挨拶して、名刺をひとりひとりに配りよった。(名刺を配る目的は、後日、女の子から電話があるかも知れんと期待しておるからじゃ。現に、1年後、電話かかって来た女の子もおったぞ)
そのうち、皆、冷蔵庫から、ビールを出して、わいわい始まった。
多分、毎日が、こんな無礼講のような雰囲気なのじゃろうな。
ひとしきり盛り上がった後、皆でビデオを見ようと言う話になって、金髪のお兄さんが、カセットを入れたんじゃ。
何んとそのビデオは、ボカシなしのアダルトビデオじゃたのじゃぞ!
それを20人ばかりの男も女も見ておるんじゃ。
ビデオがはじまって、しばらくは何んじゃかんじゃしゃべっておったが、そのうち、皆んなが変な気分になって来て、しゃべらんようになった。
ビールで赤い顔した女の子たちも、トロンとして熱にうかされたような目でビデオに釘付けになっておる。
わしは、変な期待で、ドキドキし始めた。
こりゃ、そのうち乱交パーティーになるかも知れんぞ。
皆、畳にベタッと座ったり、寝て見ておるものもおる。スナック菓子をバリバリ食っておるものもいる。もうすでに下着姿になっておる男も女もいる。
こんなチャンスは滅多にないぞ。
わしも生れて初めて、乱交パーティーを経験できるかも知れん。
わしは、あらぬ想像をして、目は宙をさまよっておったじゃろう。
そこへ店主(店主は、30歳代の男じゃ)が、わしの所へ近づいて来てこう言いよった。
「先生、ここは若い連中ばかりで、先生も落ち着かないと思いますので、ホテルの本館に、部屋をとりましたので、そっちへ移りましょう。」
わしゃ、そりゃ困るここで泊めてくれと本心そう言いたかったが、格好をつけるのが、わしの悪い癖(何せセンセイと言われておるからのう)で、嫌々同意してしまったんじゃ。(千載一遇のセックスパーティのチャンスを、これで逃すことになるとは残念、無念!)
 
結局、ホテルのツイーンルームで一人わびしく寝ることになる。
じゃから、その後、この森の中の退廃した不思議な「寮」で、わしの想像(妄想というべきかな)どうりのことがあったかどうかは、確かめようがない。
しかしじゃ、あの淫靡な光景のもとでは、それがあって当然じゃと思う。
もうあんな、猥雑な体験は、一生することはないじゃろう。
かえすがえすも、あの日寮に泊まらんかったことを後悔しておる。
何んでも粘らんといい思いはできんのじゃ。
ああ、時間が戻るなら、あの日のあのすえたような、淫らな「寮」に戻りたい。

昨年、この「寮」のあった温泉ホテルの谷底に下りてみたが、もうその「寮」は、とりこわされておって、何んの痕跡も残ってはおらんかった。
 
 
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